留学をもう一度するとしたら、体験したいのは些細な日常

遡ること半年前、2020年1月期末テストが終わるとともに、中国で新型ウイルスのニュースが出始めて、国内の緊張が高まる中、私は当初から予定していた春節旅行、韓国へと旅立ちました。韓国国内では、まだ感染者はありませんでしたが、マスクの値上がりは少しずつ始まっていたことを覚えています。中国国内の状況が悪化する一方なのを見て、いつ帰れるのだろうかという不安を抱えつつ韓国での滞在が延びていきました。

そして3月、オンライン授業が開始して今までとは全く環境の違う新たな留学生活が始まることとなります。1年間の中国留学を一言で総括すると、「変化」に尽きると言えるでしょう。

日本から中国へと移った生活の変化、新しい人との出会いや価値観に触れたことで感じた自分自身の中国に対する考え方の変化、初歩レベルだった中国語が、何とかレストランで注文できるようになるまでの変化、そして新型ウイルス以降の世の中全体の大きな変化、それにともなう留学環境の変化など、とにかく目まぐるしい一年でした。

後期で一番苦労したのは状況の変化にいかにストレスを受けずに適応していくか、また中国から離れている状態で勉強へのモチベーションをどう維持するかが主でした。1月に受けた資格試験には運よく合格できたものの、まだまだスピーキング能力が不足しているため、中国に帰ったらたくさん中国語を使うように頑張るぞ……と意気込んでいるうちに、結局帰れずじまいで学期が終わってしまいました。場所に関わらず、外国語の勉強はできますし、今の時代、インターネットで世界中のエンターテイメントコンテンツも見放題、もちろん外国人の友達を見つけることだって難しくはありません。

しかし実際にその言葉が使われている国に行って、外国人として色々な苦労をしながら、生活の上で言語や文化を学んでいく過程にはとても大きな価値があります。それがどれほど大きな意味を持つのか、モチベーション・学習スピードにどのように影響するのかを、前期の中国へ渡航した瞬間、後期のオンライン授業を通して、二度気付かされました。前期は全力で学業に取り組み、友人つくりにも勤しみ、北京観光はもちろん、内モンゴル・上海・広州・長沙・天津へ旅行に行くなど存分に楽しみ、時間も無駄にしたつもりは全くありません。ただ、これから一年いるのだからと、後期へ計画していたこともたくさんあるのでそれらを諦めなければいけなかったのは、大きな心残りです。

ですが、もし今中国に戻れたら真っ先に何をするだろうか、と考えたときに一番懐かしく感じるのは、放課後に通った学食、デリバリーで頼むミルクティー、キャンパス内でのサイクリング、クラスメイトと教室でお喋りするなど、本当に些細なことが真っ先に思い出されます。

あまりに唐突に留学が中断してしまったため、心の準備もすることができませんでした。しかしこのあまりに特殊な状況の中での留学経験は、ただの語学学習を超えて、一生記憶に残り続けるのでないかと思います。不完全燃焼のまま留学を終えて、悔しい気持ちもありますが、いつか中国にまた行けるときまで中国語の勉強に励み、全てを良い経験として昇華できるよう精進したいともいます。最後に、このような貴重な留学の機会を与えていただき、きめ細かくサポートしていただいた日中友好協会の皆様に深くお礼を申し上げます。(松尾美欧 清華大学 2019年)

ABOUT US
Ryohei ISHIZUKA京都府日中友好協会 青年委員会青年委員長
日本の最大手通信キャリアに勤務の後、中国系通信キャリアの日本法人に転職。現在は企業向けのグローバル人材育成を支援する会社でコンサルタントとして勤務。 また、若者のキャリア構築に関心があり、勉強している認知科学を応用したコーチング理論を勉強しており、これまで延べ100名以上のキャリアサポートを行なった実績があります。 内閣府主催「日本・中国青年親善交流」事業における2020~2023年研修講師を担当。2024年には日本・中国青年親善交流事業に参加。