中国の歴史を学んだことがあれば、ご存知の方も多いとは思いますが、南京は、建国当初の明朝および中華民国時代の首都でした。中国の首都は、その後、北京に移ってしまいましたが、南京は今なお「鴨都」の愛称で親しまれています。別に政治的なこととは関係ありません。
要するに、南京市民はアヒルが大好物なのです。(中国語で「鴨」と書くと、一般にアヒルのことをいいます。)あの名高い「北京ダック」のダックのことです。かく言う「北京ダック」も、ルーツをたどると、もとは明朝南京時代の宮廷料理でした。今回は、そんな「鴨」にまつわるお話を。
僕と“アレ”との最初の出会いは、中国に到着したばかりのころでした。学食でランチのおかずを選んでいるとき、レバーらしきものが目についたので、おいしそうだなと思い注文しました。しかし、頼んでみて近くでよく見ると、レバーじゃない!食べてみると、もっとレバーじゃない!なんか、豆腐とコンニャクを足して2で割ったような食感。しかも、あまり味がしない。とにかく、人生で初めて食べた食品だったのですが、あまりにも口にあわず、普段あまり食べ物を残さない僕でも、その時ばかりは食べきれずに残してしまいました。
それからしばらくして、南京市民のソフルフードとして、先生が「鸭血粉丝汤(鴨血のスープ)」を授業中にさらっと紹介した日、僕は「南京の人ってアヒルの血まで食べるのか、えげつないなあ」と呑気な感想を抱きながらも、そもそも「鴨血って何?!」と気になったので、百度先生に訊いてみました。すると、見覚えのある画像が。そう、「鴨血」とはまさに、私が食べ残してしまった“アレ”だったのです。レバーみたいに見えたのは、血を豆腐みたいに固めたからで、成分はまぎれもなくアヒルの血。僕は、先生の話を聞くとうの昔に、既に「鴨血」を口にしていたのでした。
その後、南京での生活に慣れるにつれ、知らず知らずのうちに、「鴨血」にも抵抗感をもたなくなりました。「今では『鴨血』が大好物です!」と言えるほど好きになったわけではありませんが、それでも、日本に戻ってからは食べられなくなるのかと思うと、ちょっぴり名残り惜しいです。うまく説明できませんが、「鴨血」とは、偶然街で見かけたタヌキくらい、僕にとって忘れられない食べ物になりました。中国語を学びに中国にやってきたわけですが、結局、頭よりも胃袋のほうが、中国のことをよく覚えているのかも(鴨)…(佐野聡 南京大学 2019年)